徒然なる儘に ・・・ ④

心機一転、新たにブログ再開です💕 雑談を書くことも多いですけれど・・・(主に、電子ゲーム・ネタ💕)、残りは【新聞記事】にコメントを入れています💕

「刑事人生で最悪の性犯罪」 23年前のルーシーさん事件、再び注目 増山祐史 遠藤美波2023年8月21日 7時00分

投稿を始めて、666回目が ☟

 

「刑事人生で最悪の性犯罪」 23年前のルーシーさん事件、再び注目

 

増山祐史 遠藤美波

 元英国航空客室乗務員のルーシー・ブラックマンさんが2000年夏に失踪し、その後に遺体で見つかった事件が、23年後の今夏、ドキュメンタリー配信を機に再び注目を集めている。ルーシー事件とは何だったのか。事件に深く関わった元捜査員と英国人ジャーナリストに思いを聞いた。

 「刑事人生の中でも最悪の性犯罪だった」

 警視庁OBの山代悟さん(77)はルーシー事件をそう振り返る。当時、殺人など強行犯罪を扱う捜査1課の係長。「山代班」を率いた。

糸口は1枚の捜査資料だった

 00年7月にルーシーさんが行方不明になってまもなく、山代班は捜査本部に加わった。生存の可能性は低いとみられ、捜査は難航したが、「全ての刑事が、必ず見つけ出して家族のもとに帰すという一心だった」と言う。

 解決の糸口は、ある夜、山代班の2人の目にとまった1枚の捜査資料だった。交番の警察官がその日の事件などを署長に報告する「注意報告書」。男性客からドライブに誘われ、別荘で薬を飲まされてわいせつ行為をされた外国人ホステスがいるという内容で、店のオーナーから聞き取ったものだった。

 山代班はこの女性の証言などから、被害現場となっていた神奈川県逗子市のマンションを割り出した。携帯電話の発信履歴の解析なども進めた。山代さんは「一つ一つの点が次々とつながっていった」と振り返る。

押収したビデオテープに映っていたのは

 こうした捜査で、不動産管理会社社長の織原城二受刑者(71)が浮上。逗子のマンションの部屋で、カナダ人女性に酒を飲ませてわいせつな行為をしたとして、00年10月に準強制わいせつ容疑で逮捕された。

 この部屋からは、300人近い女性がわいせつな行為をされる様子を撮影したビデオテープが押収された。映されていたのは、「言葉にできないようなむごい光景だった。涙を流す捜査員もいた」。山代さんも3女の父として、怒りがこみ上げたという。

 山代さんは織原受刑者の取り調べを担当した。好きな酒の種類、留置所の食事の感想など雑談には応じたが、ルーシーさんの事件を含め、一貫して関与を否認し続けた。

 ルーシーさんが神奈川県三浦市の海岸沿いで遺体で見つかったのは01年2月だった。その2カ月後、警視庁はルーシーさんの事件で織原受刑者を逮捕。裁判ではルーシーさんへの死体損壊罪や死体遺棄罪が認められる一方、準強姦(ごうかん)致死罪を認めず、10年12月に織原受刑者の無期懲役が確定した。

 事件から20年以上が経ち、捜査に関わった警察官の多くは退職し、事件を知る人は減った。今夏、事件の内幕を描いたドキュメンタリーがネットフリックスで世界に配信され、山代さんも出演した。配信をきっかけに、「一人でも多くの人に、こんな悲惨な事件が起きていた現実を知って欲しい」と話す。そして「二度と同じような事件を繰り返さない社会になってほしい」と願う。(増山祐史)

「深遠なミステリー」 英紙記者が見たルーシーさん事件

 英紙「ザ・タイムズ」アジア編集長・東京支局長のリチャード・ロイド・パリーさん(54)は、ルーシー事件を追い続けた記者の一人だ。事件発生時は、英紙「インディペンデント」の在京特派員。若い英国人女性が日本で失踪したとする記事を見て、取材を始めた。

 失踪から約10日後、ルーシーさんの父と妹が来日した。愛する家族を捜す姿は大きく報じられ、英国メディアの報道は過熱。同じ時期に九州・沖縄サミットがあり、来日したブレア首相(当時)が事件の早期解決を森喜朗首相(同)に要望した。「局面が常に動いていた」と振り返る。

 治安の良い日本だからこそ起きた事件だと感じた。ロイド・パリーさんは、「素性を知らない男についていくことなど、日本以外ではあり得なかったのでは」と言う。

 事件の真相は当初、「単純なパズル」と思っていたが、徐々に簡単なストーリーではないことに気付いていった。

 織原受刑者は裁判でも罪を認めないまま、無期懲役の有罪判決が確定した。取材してきたロイド・パリーさんは、「類を見ない人間性」と感じたという。

 結局、織原受刑者と他人とのつながりは最後まではっきり見えないままだった、と振り返る。「彼の人間性は『よく分からなかった』というのが結論」と言い、「この事件は深遠なミステリーだった」と話す。(遠藤美波)

ルーシーさん事件とは

 ルーシーさん事件 2000年7月、東京・六本木のクラブに勤めていた英国人女性のルーシー・ブラックマンさん(当時21)が失踪し、01年2月に神奈川県三浦市で遺体で発見された事件。ルーシーさんを死なせたなどとして会社役員の織原城二受刑者(71)が逮捕、起訴された。

 1992~00年に女性10人を襲い、ルーシーさんら2人の外国人女性を死なせたとして準強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた織原受刑者について、東京地裁は07年4月、9人の女性に対する準強姦罪などを認め、無期懲役の判決を出した。ルーシーさんへの準強姦致死と死体損壊・遺棄罪に関しては無罪だった。東京高裁も準強姦致死罪は認めなかったが、死体損壊・遺棄については認定。改めて無期懲役の判決を言い渡し、最高裁もこれを維持。10年12月に刑が確定した。