半世紀以上の歴史がある東京大学応援部。その花形が学生服姿で応援席を仕切る「リーダー」たちだ。近年、メンバー不足に悩まされてきたが、今春、1人の留学生が加わった。運動経験もほぼない文化系の留学生が、なぜ日本で「応援」を選んだのか。
9月9日、東京・神宮球場で明治大との東京六大学野球秋季リーグの開幕戦があった。小雨の中、三塁側の東大応援席に、拍手をしながら観客の間を練り歩く学生服姿の男がいた。
「頑張れ、頑張れ、と・お・だ・い!」。特徴的な丸めがねをかけて絶叫するのは、東大1年生の李乾熙(イゴニ)さん(20)だ。
韓国北西部の都市・水原(スウォン)の出身。日本の漫画や映画が好きだった。翻訳版では満足できずに日本語の勉強を始め、中3の12月に日本語能力検定1級を取得。高3で日本政府の国費留学生試験に合格した。東京外語大で約1年間勉強するうち「日本一の学生とさらに学びたい」と奮い立ち、東大を受験、合格した。映画監督を目指して、文科3類で学んでいる。
「ちわっ!」って何ですか 声出しは「未知の領域」
東京六大学野球リーグ戦での応援合戦は六大学野球の見どころの一つ。その花形が、学ラン姿で応援の指揮を執る「リーダー」だ。
1946年創部の東大応援部は、吹奏楽とチアリーディング、リーダーの部門で構成される。リーダーは規律と厳しい練習で知られ、かつては東大が試合に負けると「応援の力が足りなかった」と、さらに練習が課された時代があったほど。
近年の慢性的な部員不足は東大に限らず、少子化の影響や学生生活の多様化などが理由とみられ、休部に追い込まれた大学もあるという。東大も計12人がリーダー部門の全てだ。
浅香裕和主将(4年)によると、留学生の加入が初めてかは定かではないが、「相当珍しい」という。
韓国の大学で体育会系の部活に入るのは、高校まで競技を続けてきたごく一部の学生に限られる。李さんは高校時代、毎日深夜まで勉強し、運動経験もほとんどない「文化系」だった。
リーダーになるきっかけをくれたのは、国費留学生として通った東京外大での経験だ。チアリーディング部の練習に参加し、人を応援する楽しさを知った。
東大合格後に応援席をまとめるリーダーの役割を知り、志望者向けの練習に参加。親睦会で先輩部員と話し、決意が固まった。
入部直後は驚きの連続だった。練習場では先輩部員が顔を真っ赤にして叫ぶ様子にまず驚いた。「これまで本気で叫んだことがなかったから」。腹から声を出すという行為が未体験の領域。練習後に声が出なくなることもあった。
専門用語にも戸惑った。リーダーは「こんにちは」を「ちわっ!」と言う。あちこちで飛び交う「ちわっ!」に「何を言っているのだろう」と意味がわからなかった。計八つの応援歌を覚えるのも大変で、暇があれば口ずさんで練習する。
拍手と呼ばれる応援の型の練習では何百回と打ち付けた手のひらが腫れてしまい、応援歌を歌いながら河川敷を走る伝統の練習では同期生に置いていかれ、後方を1人走った。
つらいリーダー生活、見つけた「1割の楽しさ」
「9割はつらいこと」というリーダー生活。活動の源は、1割の楽しさに取りつかれたからだ。
初めて神宮の応援席に入った春季リーグ戦。ファンらが応援席で一丸となる姿に「応援でこんなに熱くなれるなんて知らなかった」。春季の東大は1分け10敗。応援がどれほど勝敗に影響するかはわからないが、「応援があるから頑張ろうと感じてもらえるんじゃないか、と思いながら応援している」と話す。
浅香主将も期待を寄せる。「やめないで続けてほしい。その先に得られるものが必ずあるはず」
友人からは留学生だからというよりも、「『リーダーに入ったことがすごい』と驚かれる」という。まずは、同期のランニングについていくことが目標だ。(河野光汰)
観客席の統率役から始まった応援団の歴史
スポーツ競技としても発展した米国発祥の「チアリーディング」と比べ、日本の応援部は勝ち負けのない、あくまでも応援に徹する存在として今日に至る。
学生の応援文化を研究する鳥取大の瀬戸邦弘准教授によると、大学応援部は明治時代の旧制高校にルーツを持つ。1890~1900年代にかけ、学校対抗の試合で熱くなった観客によるトラブルが増えたことで「秩序を作り、観客をコントロールし、観客席を統率する役割を担う存在として生まれた」と話す。
そうした流れをくみ、「応援指導部」が正式名称の大学もある。当時は応援団や応援部ではなく「声援隊」などと呼ばれることもあったという。
75年に連載が始まった漫画「嗚呼!!花の応援団」の流行などで部員が増えた時期もあったが、近年は減少傾向に。現在は約50の応援部があるとされるが、部員不足で活動休止を余儀なくされるケースもあるという。
瀬戸さんは「『リーダー』を身近に感じてもらう機会を設けることも大事。実際に各大学ともSNSに演舞の動画を公開したり、合同で演舞を披露したりするなど知恵を絞っている」とし、「どんな環境でも負けないぞ、応援し続けるんだと自分に向かい合う経験は尊い。私はそんな学生を応援したい」と話した。