徒然なる儘に ・・・ ④

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<正論>戦後の日本へ吉田満の問いかけ 麗澤大学客員教授・江崎道朗 2024/3/7 08:00

江崎道朗・麗澤大学客員教授

台湾有事を念頭に沖縄の先島諸島12万人避難計画の策定が始まった。令和4年の国家安全保障戦略の策定を受けて近い将来、「戦争」があることを前提に政府主導で「有事」対応が始まったのだ。「戦争したくない」で済まぬ

では「戦争」とは何か。私がその意味するところを考えるようになったのは、戦没学徒の手記を読むようになってからだ。昭和56年、九州大学に入った私は、ある先輩からこう言われた。

先の大戦で戦った人たちがどのような思いを抱いていたのかを知っているのか」

そこで宅島徳光『くちなしの花』林尹夫『わがいのち月明に燃ゆ』といった戦没学徒の手記を読んだのだが、同世代の若者が戦争という事態に否応(いやおう)もなく向き合わざるを得ず、どうしたらいいのか悩み苦しんでいたことを知って驚いた。

自国が戦争状態に入った際、自分だったらどうするのか。「自分は戦争をしたくない」では済まないことは明らかだった。戦没学徒の手記には、国家が戦争を始めた以上、自分の意思とは無関係に戦地に赴かざるを得ないことが記されていたからだ。

そして戦死という現実を前に親や兄弟、恋人への思い、学業を断念しなければいけない苦悩、何よりも自分の人生を思い通りに生きることを諦めなければならない運命への恨み、そして自国への思いを書き綴(つづ)っていることを知った。

同時に新たな難問に突き当たることになった。戦没学徒の手記をどのように受け止めたらいいのか、分からなかったのだ。

戦没学徒らの「願い」

そんなとき吉田満氏の論考に出会った。昭和20年4月、戦艦大和の乗組員として沖縄特攻作戦に参加し、奇跡的に生き残った吉田氏は昭和44年、「戦没学徒の遺産」という論考で戦没学徒たちの手記を紹介しつつ、こう書いている。

「私はいまでも、ときおり奇妙な幻覚にとらわれることがある。それは、彼ら戦没学徒の亡霊が、戦後二十四年をへた日本の上を、いま繁栄の頂点にある日本の街を、さ迷い歩いている光景である。死者がいまわのきわに残した執念は容易に消えないものだし、特に気性の激しい若者の宿願は、どこまでもその望みをとげようとする」

その望みとは何か。

「〝われらの祖国が世界史における主体的役割を担ってくれること〟〝人間性を無視するものを抹殺し、本当に感謝し、隣人を愛し、肉親とむつび、皆が助け合うことのできる、新たな日本を創り出すこと〟、こうした彼らの願いは、戦後の輝かしい復興の中で、どのように満たされたのか。その切なる呼びかけは、誰かに聴き入れられたのか。それともこだまのようにむなしく反響しただけなのか」

この問いかけに私は再び考え込んだ。戦没学徒たちがよりよい日本の建設を願って戦死していった。その「願い」にどう対応すべきなのか。

「彼らの亡霊は、いま何を見るか、商店の店先で、学校で、家庭で、国会で、また新聞のトップ記事に何を見出すだろうか」

吉田氏のこの一節を読んで、「戦没学徒の願いを忘れた戦後日本は間違っている」と糾弾したくなったが、それは卑怯(ひきょう)な気がした。何もしていない自分が戦後日本を糾弾する資格があるとは思えなかったのだ。悶々(もんもん)としていたあるとき、吉田氏が次のように書いていることに気が付いた。

「自分たちの青春にひきくらべ、今の青年たちが無限の可能性を与えられ、しかもその恵まれた力を、戦争のためではなく、社会の発展のために、協力のために、建設のために役立てうることをしんから羨(うらや)み、自分たちの分まで頑張ってほしいと、精一杯の声援を送るであろう」

国家の命運と人生は連動

戦没学徒の亡霊たちは社会の発展のために、協力のために、建設のために頑張る「私たち」に精一杯の声援を送ってくれていると、吉田氏は書いていたのだ。

確かに戦争のためではなく平和を守るため力を尽くすことができる私たちは本当に恵まれている。そう思った私は戦没学徒の「苦悩」を繰り返さないためにどうすべきだったのかという観点から近現代史研究に取り組むようになり、結果的に永田町で外交・安全保障政策に携わることになった。

残念ながら今また「戦争」や「有事」が囁(ささや)かれるようになってきている。そして今ならまだ戦争を避けることができるかもしれない。そう考えた岸田文雄政権は令和4年12月、5年間で43兆円の防衛費を投じる防衛力の抜本強化を始めたのだが、そうした事実を国民の大半は知らないし、その意味するところを理解しようとする人も僅かだ。しかし国家の命運と自己の人生は連動するのだ。

折しも来年、終戦80年を迎える。靖国神社護国神社にお参りしたり、戦没学徒の手記や吉田満氏の書籍を紐解(ひもと)いたりするなかで、戦争と平和、有事と国民の責務について正面から考えたいものである。(えざき みちお)