徒然なる儘に ・・・ ④

心機一転、新たにブログ再開です💕 雑談を書くことも多いですけれど・・・(主に、電子ゲーム・ネタ💕)、残りは【新聞記事】にコメントを入れています💕

(天声人語)指揮権密約 2024年4月27日 5時00分

戦争の危機が迫ったらどうするか。1951年、米国は占領を終えるにあたり、こんな約束をするよう日本に求めてきた。軍事的な能力をもつ日本の組織は「合衆国が指名する最高司令官の統一指揮権の下におかれる」

 

▼日本はうろたえた。世に広まれば民心が動揺する。受け入れるが、明文化はしないでほしい。そして翌年、吉田茂首相はクラーク極東米軍司令官に、口頭で同意を伝えた――。日米の公文書に刻まれた、いわゆる「指揮権密約」の一幕だ

https://www.nids.mod.go.jp/publication/senshi/pdf/202204/03-2.pdf

 

▼外交とは祖国のために偽りを言う愛国的な技術だ、とビアス著『悪魔の辞典』にある。言う相手は外国だろう。しかしわが国は時々、偽りやごまかしの煙で、国民の目を覆うことがある

 

 

▼03年からの自衛隊イラク派遣。政府は、憲法の制約で、多国籍軍司令官の指揮下には入らないと説明した。だが防衛省は密(ひそ)かに、司令官の意見に「合致するよう配意」して行動せよと命じていた。忖度(そんたく)しろということだろう

 

▼指揮権はしっかり己の手のうちにあるのか。戦後の歩みの中で、たびたび俎上(そじょう)にのぼってきた問いである。岸田首相が米国で指揮統制の連携強化を約束してきたことに、野党などが「自衛隊が事実上、米軍の指揮下に置かれる」と懸念している

 

▼杞憂(きゆう)であることを願う。ただ、どうだろう。歴史をふまえると、政府はいざという時に「指揮下ではないが監督下に入る」とか「指揮と指図は違う」とか言い出して、煙(けむ)にまくのでは。そんな思いがどうにもぬぐいきれない。

 

 

 

馬というのは、良い学校、良い企業という、ニンジンを眼前に晒さないと走らないという、スパルタ式、資本主義社会を描かざるを得ない

 

 

のか、

 

それとも

 

良い学校、良い企業があっても、賃金体系がそれに準じることはないんだよ。という共産主義社會が望ましいのか。

 

人間の良心を信じるのか。

 

 

どうなんだろうね。

 

二十世紀の共産主義社会とは・・・

 

まぁ、辞めておこう